farmar's talk NEO

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僕は泣いた

今週は忙しかった。

中学校の卒業式、その祝賀会。二日後には小学校の卒業式、その祝賀会。そして今日は中学校の定期演奏会と、そのいずれもが実効性があるかどうかは別として、実行委員だったので本当に忙しかった。間には、仕事的なキュウリ組合だとか、生産組合、地区の総会が入って、おまけに直売所の総会も控えてる。ホントにこんな年はない。

で、その中で最も準備をがんばらなくてはならなかったのが小学校の卒業式。ずっと先送りしてた五年生の時の田んぼの動画をDVDをまとめて我が卒業生の各家庭に配布しようとしたのだが、それがなかなか大変だった。まあ、この話も長くなるのでそれは別に。



本題。

小学校の卒業式はうちの四人姉弟の最後だったので、それなりに感銘深い卒業式だった。一人っ子と末っ子がとても多い学年だったので、比較的に大人な保護者が多くて、彼らの涙の量も半端なかった。当然、最初から予定どおりである。では、僕はどうだったか。目がうるっときた、ぐらいのもんだったよ。いや、感動してないのではない。心にくるものがあった。でも、なんか、泣くということにはならないのだ。だって、うれしいことなのになにも大泣きすることはない、と自分の頭の中にインプットされてるプログラムが動くのだ。小さいときからいわれてた。「男は悲しい時以外は人前で泣くものではない」

でも、僕は泣いた。

祝賀会の最後に、ある保護者が閉会の挨拶でこう言った。

「・・・中略・・・閉会の前にひと言ある言葉を紹介してこの会の幕を閉じたいと思います。」
「卒業式の祝辞で来賓のTさんが言われた言葉は、実は自分が小学校卒業の時、今回と同じくこの春退職される校長先生が残したものと同じ言葉で大変驚きました。自分の小学校卒業と娘の小学校卒業の時に同じ状況で同じ言葉を聞くことになるとは、何ともいえない縁を感じます。」

その言葉とは、

「箸とらば先祖と親の恩を知れ
      我が一力で食うと思うな」

一撃でした。俺としたことが不覚にも泣いてしまった・・。いや、こんなに泣ける言葉はない!!! そんな僕を見て、隣の席の嫁はあろうことかこう言った。

「泣いてんの・・(フフフ)」

僕は心の中で「バカヤロウ。男の気持ちのわかんないやつめ」と思ったけれども言えなかった。あまりに泣いてしまって声が出せなかったのだ。

以前から、映画でも小説でも子供がどうこうして泣けるというやつは、泣くことに対してとても警戒してしまう。よくいうじゃないですか、映画とかで「子供と動物のやつは必ず当る」とか。僕はそういうのが苦手なのだ。何だかとてもあざとく思うのだ。そんな手を使うのは卑劣なのだ、と。

じゃあ、僕が泣けるのはなんなのだ?


ある愛の詩 オリジナル・サウンドトラック

「ある愛の詩」という名作恋愛映画ある。エリック・シーガルの小説が原作のタリラリラーのあの映画だ。学生同士で出会ったライアン・オニールアリ・マッグローが家族の反対を乗り越えて結婚するのもつかの間、白血病で奥さんが亡くなってしまう。で、ラストシーンで彼女との結婚に反対してた親父さん役のレイ・ミランドに夫オニールはいう「愛とは決して後悔しないもの」。ここで号泣ですよ、皆さん! 男と女の悲運に涙するところですよ、そこの奥さん!

僕も泣いた。でも、泣き所が違う。レイ・ミランド父の表情とそれが物語る気持ちに泣いた。


ロレンツォのオイル/命の詩 [DVD]

「ロレンツォのオイル」というこれまた名作映画がある。ニック・ノルティ父とスーザン・サランドン母が不治の病の息子を救うべく、勉強して治療法を探るという映画。子供ものだから泣ける映画。親ならさらに泣ける。

子供の場面ではいつ決壊するかと思うぐらいに涙ダムはいっぱい。映画はあるオイルがポイントとなるのだけど、そのオイルは世界である老齢な化学者しか精製していないことをノルティ&サランドン夫婦は知り、事情を話してそれを依頼。そのじいちゃん化学者は老体にむち打って生成を完了する。助手に「このオイルをその少年に送って下さい」(だったかな)と言って、疲れた背中が画面に映る。そこで僕のダムは決壊。
僕は泣いた。


チャンス 30周年記念版 [DVD]

「チャンス」というこれまた最高な名作映画がある。・・・説明が疲れたのでキャッツ・アイ。じゃなかった割愛。観てもらえば僕の言いたいことはわかるはず。



ということで今回の卒業式で、僕はじいさんものにとても弱いということがとてもよくわかったのだった・・・・