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farmar's talk NEO

キュウリ農家 "夢男"の考える農業のあれこれ…   →農業以外の話題は "pop" http://ftalkpop.hateblo.jp/ へ

家族農業の喜びプロジェクト

昨日の夜、寝ようかと思って歯を磨いている間にたまたまつけたTV番組がとてもよかった。

NHKのドキュメンタリー番組「新・映像の世紀 第5集 若者の反乱が世界に連鎖した」
1960年代に、世界で連鎖的に起こった若者たちの反乱を取り上げる。その爆発的なエネルギーは、新しい文化を生んだ。ビートルズなど60年代のスーパースターが登場。

このシリーズは作曲家、加古隆のテーマ曲「パリは燃えているか」が泣けるほどいいんだけど、いいのは曲だけじゃない。旧作の「映像の世紀」同様、内容も号泣もの。特に今回のは泣けた。転換点となった歴史と若者を取り上げた今回のは、若者のみならず、かつて若者だった私たちにガーンと歴史を突きつけた。全編が目が離せない映像なんだけど、特に印象的だったのはデヴィット・ボウイがまだ東西に分断されてる西ベルリン側の壁の脇で行なったライブの模様。秘密警察に監視されてるのにボウイの歌を聴きたくて集まる東ベルリンの若者達。直接の関係はないのだけれど、ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン・天使の詩」をなんだか思い出しちゃったよ。泣ける繋がりだね。あと、デモに参加するホーキング博士ミック・ジャガーボブ・ディランなど今は著名な人物のほんの若造としての姿にビックリ。でも、ビッグな人も無名だった頃、若かった頃があるのだよね。とても当たり前のことなんだけど。

そして今日、友人のTさんがフェイスブックで「キーボードにお湯をこぼしちゃったよ!」と騒いでたことからあれこれ話してたら、「家族農業とやせ我慢と高楊枝」というキーワードが突如出現したのだ。「新・映像の世紀」の若者達と比較するのはおこがましいのだけど、家族農業にあこがれと誇りを持って、メルマガを始めた頃を思い出した。

あ、何が言いたいかというと、現在の世界は今までの歴史があって成り立っているということなんだ。その理屈でいうと、うちの今の農業は、うちの家族の歴史そのものだということ。

今ちょうど、青色申告の準備をしてる。農業だし、暮らしていかなければならないから、ちゃんとお金のことを考えてやっていかなくてならないのだけど、どうしてもね、最終的にはお金、お金ということにもなりがち。でも時々こうも思う。勤めを辞めてやりたかった農業はなにか。そうなんだ、家族農業がいいからなんだろっ、俺、ということなんだ。

まだまだパソコン通信が全盛で、自分が思う家族農業サイコー論を書いてたのはもう十数年前。それこそ、なかなか出ない結果に「やせ我慢」しつつ、儲かる農業で「高楊枝」を目指してた。たしかに収量はアップしたし、わずかながらそれなりにうちの農業は成長した。ずっと家族農業でがんばった結果だ。家族のがんばりの結果だ。でも、いつしか、そのことを忘れてたのだ。気持ちが薄れていたのだ。得るお金の額が重要になって、最初の大事なことを忘れつつあった。でも、今日、そんなことじゃいけないのだ、ということにTさんとのやりとりで気付いたのだ。いや、気付かされたのだ!

さて、SNSが全盛の今なんだけど、言いたいことはパソコン通信の時と同じ「家族農業は喜び」なのだ。あんまり格好つけないで、恥ずかしくも青い「青年」になるのだ! 良くいわれてたろ、俺。青いことはとてもいいと。羨ましいと。そしてチョイと大人な同僚から得た称号は「○○青年」。その同僚はかつての職場で偉くなったが、俺は同じままの農業「青年」ではないか。青くて何で悪い。これからは「家族農業の喜びプロジェクト(自称)」始動なのだ(笑)