farmar's talk NEO

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「ときめかない」本を何冊か処分したの巻

最近、新古を問わず書店に行くことが多かったので、文庫、新書、単行本など二十冊ほど増えてしまった。本屋に行くのはもとから好きなのだ。買うかどうかはときめく本があるかどうか。最近はときめきが多かったのだ。あと、必要に迫られてあるジャンルの本をネットで古本を探したり、三冊だと送料無料キャンペーン中だとか、あと数百円で送料はかかりませんよ、なんて言われるとあと一冊だなんて思って、本当に読みたい本の一段下ぐらいの興味のものを追加しちゃう。なんて、上手な商売なのだ。

そんなこんなで増えた本は、新たに本棚でも買わないと入らなくなってしまった。本棚に入っている本は大体が既読のものなんだが、積んでないけど並べてる「積読」も結構ある。積読は「買ったときは必要だったけど、その内容が楽しさからは一段落ちだから後回しになっちゃってまだ読んでないんだ本」「以前、新刊書で出た時は興味ありつつも、他に買うものもあったからスルーしたけど、古本屋で見つけて安かったから買っちゃった本」たちが多い。考えてみれば「本当に読みたくて読みたくて買ったよ本」は買ってすぐ読んでる。すぐ読む本は「好きで好きでたまらない憧れの人」なんだろうね。そうなると読んでない本たちは、言わば「どちらかというと好きなんだけど、僕には他にも好きな人がいるんだ!」な本か。

その憧れの本も、本屋で手に取って惚れた本はとことん好きになる確率が高いのだけど、誰かの紹介でネットで買ったりすると拍子抜けすることも多々ある。紹介してくれた人が自分と似たような感じだとうまくいくのだけど、口が上手でいいことばっかり言っていたりすると、望んでいたのとは違った付合いになってなってしまうのだ。あれ、いつの間にか、女子との付き合いの話になっちゃった(笑)。ともかくそんな感じなのだ。

自分の処理能力や仕事の忙しさ、はたまた、これから想定残された時間とかを考えると、何でもかんでも読みたい本をすべて読むことは不可能なのははっきりしてる。誰かが書いてた。「思い切って積読は処分してしまいましょう」と。さすがにこれは無理そう。買ったばかりの本もあるし、そもそも、もう手に入らなさそうな本もある。そんなこんなで、今回の処分となるのだ。

とりあえず、新刊、古本で買った本を問わず「ときめかない本」を取り出した。う~む、ちょっと気になるけど、気になっただけ、本当は好きな子は別にいるんだ、的な本が多い(笑。まだ言ってる)。あと、雑誌。それで合わせて四十冊ぐらい。だいぶ減った。まだまだあるけど、若い時の「ときめき本」は絶対に捨てない。あと、選びに選び抜いた農業本も捨てられない。どんなに赤茶けようとめったに開かないとしても、それらの本はそういう段階の本ではないのだ。スピリットなのだ。といいつつ、そのスピリットも化石になるか、消滅するのだろうな。ものにこだわる自分がまだまだなのだなと、ある意味安心するのだった。