farmar's talk NEO

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農と脳、あるいは能

先日、小学生の長男が学校の授業で描いた絵が、絵画展で入賞したと担任の先生から連絡がきた。隣町が主催の展覧会だそうだ。そして合わせて、表彰式に出られますか?どうしますか?とのことだった。自慢じゃないが、うちの家族は、代々、芸術的センスのかけらもない。どうも、我が系統にはそういった遺伝子が欠落しているようなのだ。なので、今回、息子の絵が入選!表彰式!と聞いて、これは名誉なことだと我が家は大盛り上がり。行くことにした。

まったく不詳だったけど、実は隣町から高名な画家が出ていたらしい。その先生が亡くなる前に、所有の作品を故郷である隣町に寄付したのだそうだ。それで作品を譲り受けた町はギャラリーを兼ねた公共文化施設を建設。そこでいろんな講演やコンサート、イベントなどを活発に行っているのだ。
息子の描いた絵は、学校の給食の配膳している様子を描いたもの。息子らしからぬその絵の技法は担任の先生の指導であることは、ひと目でわかる。ちなみに同じモチーフで書いた同級生の絵は最優秀賞となった。この絵画展は小学生だけではなく、中学生、一般も出展してる。こういった表彰式につきものの偉い先生の挨拶はとてもいい話なんだけど、小学生たちにとってはちょっと辛かったかも。

表彰式の最後に一般の最優秀賞を受けた方の受賞者代表挨拶があった。何よりもその挨拶が心に残った。その人は岩手県から来られた農家の方で、農作業の合間に絵を描いておられるそうなのだ。なんで、農家が絵を、と思ったのは僕だけじゃないかもしれない。いや、決して失礼な気持ちでそう思ったのではない。僕と同じ農家として、農作業から芸術に向かった理由は何か知りたかったのだ。その理由がまたよかった。

「私は岩手県の山の中で農業をしています。集落にはたった三件しか民家がありません。高校を卒業して家の農業を継いでから、ふと思いました。人のいないところで農業だけしているのが不満があるのじゃないけど、なんかさみしいなあと思って、絵でも描いてみようかと思ったのです。」
「最初、よくわからず、絵の具を買ってきて、バケツの水で溶いてもなんだかうまく書けない。これはダメな絵の具じゃないかと画材店に言ったら、『あのね、それは油絵具だから、水には溶けないよ』と言われてしまいました。そんなことも僕は知らなかったのです。それで、きちんと溶き油を使ったら面白いように絵の具が伸びで面白いように描けた。それからハマってしまいました。」
「それから東京の絵画展に応募するようになりました。ところが応募しても応募しても入選しない。こんなにうまいのにどうしてなんだろうと思いましたね(笑)。とにかく東京に行ってみようということで、自分が出展した展覧会を見に行きました。そしたらですね、うまい絵ばかりなんですよ(笑)。あんなにうまい人ばかりじゃ、自分の絵が受かるわけがない」
「何回か出展するうちに先生と知り合ったのです。アトリエに押しかけて、怒られ怒られ絵を見てもらいました。先生は言葉は厳しいのですけど優しいのですよね。厳しくも絵を見てくれました。そんなこともあって、先生の名前の付いた展覧会が開催されると聞いて、先生に絵を見てもらおうとこの絵画展に応募したのです。最優秀賞をいただいて本当にうれしいです。ありがとうございました(涙)」

というような挨拶だった。同じ農家として共感する部分もあって、こちらまで目が潤んできた。

この方は養鶏を大規模にやっておられて、年齢も六十代前半。農家としてはバリバリだと思う。そういう忙しい農家がずっと絵を描くことを続けてきた。僕はその姿を見て、ものすごくまぶしくうらやましく、そして尊敬の念が生まれた。

農家の何が嫌いって、農家の中には、なんでもかんでもお金にこだわって、お金には代えられないもの、音楽とか美術とかを軽く見る人も多くいるということだ。もちろん、お金は大事だよ~というのは真理だ。でも、芸術も文学もその他いろいろが、農家にも必要であるというのはそれもまた真理なのだ。

農家の講演はいろいろある。でも、それはたいてい、どうだ、俺はこんなに苦労して成功したんだぞ、というようなものが少なくない。いや、それを否定しているのではない。ただ、成功者以外には数多くの失敗者もいるわけで、はたまた成功でも失敗でもない普通に暮らしていける程度の普通の農家もいるわけで、そういう人が持っている農業の真理はなかなか表に出てこないのだ。
そんな点で、今回、たまたま息子の絵画展に来ただけなのに、思わぬ農家のキラメキを目の当たりにできたことは自分にとって大きな収穫だったということなのである。