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farmar's talk NEO

キュウリ農家 "夢男"の考える農業のあれこれ…   →農業以外の話題は "pop" http://ftalkpop.hateblo.jp/ へ

僕は泣いた

今週は忙しかった。

中学校の卒業式、その祝賀会。二日後には小学校の卒業式、その祝賀会。そして今日は中学校の定期演奏会と、そのいずれもが実効性があるかどうかは別として、実行委員だったので本当に忙しかった。間には、仕事的なキュウリ組合だとか、生産組合、地区の総会が入って、おまけに直売所の総会も控えてる。ホントにこんな年はない。

で、その中で最も準備をがんばらなくてはならなかったのが小学校の卒業式。ずっと先送りしてた五年生の時の田んぼの動画をDVDをまとめて我が卒業生の各家庭に配布しようとしたのだが、それがなかなか大変だった。まあ、この話も長くなるのでそれは別に。



本題。

小学校の卒業式はうちの四人姉弟の最後だったので、それなりに感銘深い卒業式だった。一人っ子と末っ子がとても多い学年だったので、比較的に大人な保護者が多くて、彼らの涙の量も半端なかった。当然、最初から予定どおりである。では、僕はどうだったか。目がうるっときた、ぐらいのもんだったよ。いや、感動してないのではない。心にくるものがあった。でも、なんか、泣くということにはならないのだ。だって、うれしいことなのになにも大泣きすることはない、と自分の頭の中にインプットされてるプログラムが動くのだ。小さいときからいわれてた。「男は悲しい時以外は人前で泣くものではない」

でも、僕は泣いた。

祝賀会の最後に、ある保護者が閉会の挨拶でこう言った。

「・・・中略・・・閉会の前にひと言ある言葉を紹介してこの会の幕を閉じたいと思います。」
「卒業式の祝辞で来賓のTさんが言われた言葉は、実は自分が小学校卒業の時、今回と同じくこの春退職される校長先生が残したものと同じ言葉で大変驚きました。自分の小学校卒業と娘の小学校卒業の時に同じ状況で同じ言葉を聞くことになるとは、何ともいえない縁を感じます。」

その言葉とは、

「箸とらば先祖と親の恩を知れ
      我が一力で食うと思うな」

一撃でした。俺としたことが不覚にも泣いてしまった・・。いや、こんなに泣ける言葉はない!!! そんな僕を見て、隣の席の嫁はあろうことかこう言った。

「泣いてんの・・(フフフ)」

僕は心の中で「バカヤロウ。男の気持ちのわかんないやつめ」と思ったけれども言えなかった。あまりに泣いてしまって声が出せなかったのだ。

以前から、映画でも小説でも子供がどうこうして泣けるというやつは、泣くことに対してとても警戒してしまう。よくいうじゃないですか、映画とかで「子供と動物のやつは必ず当る」とか。僕はそういうのが苦手なのだ。何だかとてもあざとく思うのだ。そんな手を使うのは卑劣なのだ、と。

じゃあ、僕が泣けるのはなんなのだ?


ある愛の詩 オリジナル・サウンドトラック

「ある愛の詩」という名作恋愛映画ある。エリック・シーガルの小説が原作のタリラリラーのあの映画だ。学生同士で出会ったライアン・オニールアリ・マッグローが家族の反対を乗り越えて結婚するのもつかの間、白血病で奥さんが亡くなってしまう。で、ラストシーンで彼女との結婚に反対してた親父さん役のレイ・ミランドに夫オニールはいう「愛とは決して後悔しないもの」。ここで号泣ですよ、皆さん! 男と女の悲運に涙するところですよ、そこの奥さん!

僕も泣いた。でも、泣き所が違う。レイ・ミランド父の表情とそれが物語る気持ちに泣いた。


ロレンツォのオイル/命の詩 [DVD]

「ロレンツォのオイル」というこれまた名作映画がある。ニック・ノルティ父とスーザン・サランドン母が不治の病の息子を救うべく、勉強して治療法を探るという映画。子供ものだから泣ける映画。親ならさらに泣ける。

子供の場面ではいつ決壊するかと思うぐらいに涙ダムはいっぱい。映画はあるオイルがポイントとなるのだけど、そのオイルは世界である老齢な化学者しか精製していないことをノルティ&サランドン夫婦は知り、事情を話してそれを依頼。そのじいちゃん化学者は老体にむち打って生成を完了する。助手に「このオイルをその少年に送って下さい」(だったかな)と言って、疲れた背中が画面に映る。そこで僕のダムは決壊。
僕は泣いた。


チャンス 30周年記念版 [DVD]

「チャンス」というこれまた最高な名作映画がある。・・・説明が疲れたのでキャッツ・アイ。じゃなかった割愛。観てもらえば僕の言いたいことはわかるはず。



ということで今回の卒業式で、僕はじいさんものにとても弱いということがとてもよくわかったのだった・・・・

先生の前では「学生になる」のだ

今日、学生時代の恩師のお宅に嫁さんと一緒にお邪魔してきた。うどんこ病が専門の先生だから、以下、うどんこ先生と呼ばせていただく。

少し前に先生宛に近々うかがう旨のメールを出して、今日の訪問となったのだ。うどんこ先生は大学を定年された後、ご実家にUターンで戻られたのだ。引っ越しされたのは昨年の春なのだが、私自身、子どもの進学のことや例のごとく怒濤のキュウリシーズンに突入してしまったため、挨拶を兼ねた今頃の訪問となってしまった。

前の日に準備しておいた手土産を持ち、朝、自宅を出発。初めての土地でもあるし、途中二箇所ほど道の駅の売店に引っかかりつつ、リンゴを買ったり、原木しいたけを買ったり、ググってよさげなカフェを発掘したりと一年ぶりの再会(嫁さんは結婚式以来、二十年ぶり)の前座を楽しむ。

ちょっと早めの時間にうどんこ先生の集落に入るY字路に着いた。どかジャンを来たオジサンが立っていた。うどんこ先生だ!時間を伝えていたから、入り口がわかるように待っていたらしい。

「先生、お久しぶりです!待っていたのですかっ?」
「いや、夢男君のことだから早く来るのではないかと思って出てみたよ」
「先生はお見通しなんですね。うふふ」と嫁。俺を馬鹿にしてんのか(笑)

うどんこ先生の玄関に入ると奥様が出迎えてくれた。三十年前に会った奥様は髪が短くなっただけで声も変わらず何だか若々しい。学生時代に団地にお邪魔して夕食をごちそうになったときの優しくて素敵なうどんこ奥さんだった。当時、三人のお子さんの父であり母である幸せなうどんこ家族を目の当たりにして、これからの僕の人生にはこういう家庭をもてるのか、それは現実に起こるのか妄想のままなのか、まだ青すぎる僕には全く想像もつかなかった。

茶の間のこたつに四人で座り、美味しいお茶をいただいた。座ってすぐさま話し始めるうどんこ先生。先生の近況、大学時代の思い出、ぼくたちのキュウリのことなど、話題には事欠かなかった。ふと思った。ホントに何十年ぶりか。端から見れば、何十年もの時が経った再会だとは、言われなければわからないほど自然さで会話は弾んだ。

昨年の二月に研究室出身者で先生の退職祝賀会を開こうという案内があった。その時は限られた時間でうどんこ先生と話さなくてはならず、単純に計算すると持ち時間は五分も無かった。まあ、その時は、直接長年お疲れさまでしたと言えただけで満足だったのだ。

そして今回、心置きなく、うどんこ先生と話せたことはとてもうれしかった。唯一、誤算だったのは、僕たちの仕事であるキュウリの栽培について嫁さんが話し出したら、うどんこご夫妻は、

「夢男君の奥さん、すごいなあ!」

と言い出したことである。農学を学んでいないのに農業についてよくわかっている、というのだ。しまいにはこう言いだした。

「学校で習ってる学問の農学はダメなのだ。農業のこうした体験や意見が研究者には必要なのだ(意訳)」

う〜ん、先生、かつては僕を褒めてくれたじゃないですかっ!これじゃ、また、俺の位置が下がるじゃないですかっ!と思いつつも、結婚して二十年、農業に不慣れだったのにいろいろキュウリ論を言えるようになった嫁をうどんこ先生が褒めてくれたことは、まるで自分が褒められているようでまたもやうれしくなった。

あっという間に三時間以上過ぎた。まだまだ話は尽きないが帰らなくてはならない。再会を約束して、手を振るご夫妻を後に帰途についた。でも何だか、まだ話したりない。

「どうする?さっき調べたカフェに行ってみよう!」

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お洒落なカフェでミルフィーユとコーヒーを頼んで、さっきまでのうどんこ先生ご夫妻との会話を反芻する。ああ言ったことはどう思う?あれはどういう意味だろ?

そして僕たちはあることを確認した。家族はとても大事だ、ということだ。うどんこご夫妻が家族のことを大切に思っていることが、話していて僕たち夫婦にもずっしり伝わってとてもうれしくなった。学生の時にお邪魔した幸せ家族は今も続き、そのために努力しているのだ!

人の幸せは家族の幸せがすべてなのだ。今回のうどんこ先生との再会は、ぼくら学生にそう教えてくれたように思えた。

ほろ苦い青春と人生と粉砂糖

この時期の恒例行事、青色申告も終わり、寒さも一段落したつい先日。頭の中に詰まっていたものがスッキリと取れたこともあって、次女を学校に送って行く途中のいつもの風景なのにとても輝いて見えた。軽トラを止めて、カメラを向ける。

「毎日通る雪に覆われた牧場」
nagameyama

「毎日渡る冬の白川」
shirakawa river

なんでかね、気分も変われば風景も変わるんだよね。代わり映えのしない日常を変えるのは、単純にその時の気分なのだ。いい気分は世界を明るく輝いて見せてくれる。いうなれば、映画「(500)日のサマー」で、ズーイ・デシャネルとつき合うことが出来たジョゼフ・ゴードン・レヴィットがミュージカル映画でもないのに突然歌い踊ったようなもの。う〜ん、とてもわかりにくい例えだね(笑)。それこれとは状況は違うけど、いちおうそういう感じということでよろしく!

「そのダンスシーン」https://youtu.be/8tJoIaXZ0rw

それと同じように、今の気分をさらに盛り上げてくれた本がある。瀬川深『SOY!大いなる豆の物語』である。

「この本の主人公は、アニメやゲーム好きな今は無職の青年、陽一郎。携帯端末でツイッターらしきコミュニケーションツールで常に仲間と繋がり、自由気ままな(充実したとは決して言えない)毎日を送ってる。そんな時、彼に関わる南米をベースとする多国籍食品会社からの突然の通知。どうも、その創業者である大叔父は彼の亡き父の実家である岩手県の山村の旧家の出らしいのだ。「イエ」やルーツなどを全く考えたことのなかった陽一郎。創業者の遺言に関わる依頼で父の実家を訪れることになる。断片的に出てくる手がかりから次々と判明する新事実。それらは陽一郎に否が応でも影響を与えるであろうことは、その時の彼には知るよしもなかった・・・」(解説・夢男)

世代をまたがって進行するミステリー仕立ての大河ドラマ、あるいは青年の成長物語として展開するこの小説のキーワードは「東北」「移民」「食」「世界」「歴史」そして「イエ」。どこを切っても、東北でイエがらみで移民の歴史もちょっとは関わり農業をしている「かつて若く青年だった」僕の興味を引かないわけはなかった。図書館で借りてから正味二日で五百ページの大作なこの本を読破したぐらい。

この本とどうして出会ったか。いつも行く遅筆堂文庫に行ったら、新刊書紹介コーナーにこの本のカバーと帯が貼ってある。帯には池澤夏樹氏の推薦文があったのだ。池澤氏といえば、氏のルーツを取り上げた『静かな大地』は僕の感動五本指に入る小説。氏の推薦ならば間違いない。ましてや、タイトルからしてどうも食に関係するっぽい。僕の嗅覚がびんびんビンゴ!というわけだ。

この本は、東北出身の人にしかわからない「空気」を的確に描いていると思う。「イエ」「家督を継ぐ」という関係ない人から見れば非常につまらないことを関係ある人にはそうそうと思わせる説得力もある。最後に主人公に訪れる結末は、読者を青春時代に連れ戻してくれる。「東北出身の農家の長男で、自分のルーツやイエを継ぐことに悩んで、それとは別に突然の恋に心ときめいたことのある人」は僕の保障付きでタイムスリップ出来ること請け合い。いや、タイムスリップじゃない。今おっさんになっていたとしても、これを読んでいる間は現代を生きる青年に戻れる。絶対に。本を読んでいる間、徐々につかまれて苦しくなった心が、最後にはパッと解放されるのだ。

この本を読んでいる間、僕は先のジョゼフ・ゴードン・レヴィット同様に過去と現実の間のどこか別の次元で歌い踊っていたのかもしれない。ほろ苦い青春と人生にちょっとだけ粉砂糖がけ。そんないろんな味のする一冊だった。

SOY! 大いなる豆の物語 (単行本)

SOY! 大いなる豆の物語 (単行本)

家族農業の喜びプロジェクト

昨日の夜、寝ようかと思って歯を磨いている間にたまたまつけたTV番組がとてもよかった。

NHKのドキュメンタリー番組「新・映像の世紀 第5集 若者の反乱が世界に連鎖した」
1960年代に、世界で連鎖的に起こった若者たちの反乱を取り上げる。その爆発的なエネルギーは、新しい文化を生んだ。ビートルズなど60年代のスーパースターが登場。

このシリーズは作曲家、加古隆のテーマ曲「パリは燃えているか」が泣けるほどいいんだけど、いいのは曲だけじゃない。旧作の「映像の世紀」同様、内容も号泣もの。特に今回のは泣けた。転換点となった歴史と若者を取り上げた今回のは、若者のみならず、かつて若者だった私たちにガーンと歴史を突きつけた。全編が目が離せない映像なんだけど、特に印象的だったのはデヴィット・ボウイがまだ東西に分断されてる西ベルリン側の壁の脇で行なったライブの模様。秘密警察に監視されてるのにボウイの歌を聴きたくて集まる東ベルリンの若者達。直接の関係はないのだけれど、ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン・天使の詩」をなんだか思い出しちゃったよ。泣ける繋がりだね。あと、デモに参加するホーキング博士ミック・ジャガーボブ・ディランなど今は著名な人物のほんの若造としての姿にビックリ。でも、ビッグな人も無名だった頃、若かった頃があるのだよね。とても当たり前のことなんだけど。

そして今日、友人のTさんがフェイスブックで「キーボードにお湯をこぼしちゃったよ!」と騒いでたことからあれこれ話してたら、「家族農業とやせ我慢と高楊枝」というキーワードが突如出現したのだ。「新・映像の世紀」の若者達と比較するのはおこがましいのだけど、家族農業にあこがれと誇りを持って、メルマガを始めた頃を思い出した。

あ、何が言いたいかというと、現在の世界は今までの歴史があって成り立っているということなんだ。その理屈でいうと、うちの今の農業は、うちの家族の歴史そのものだということ。

今ちょうど、青色申告の準備をしてる。農業だし、暮らしていかなければならないから、ちゃんとお金のことを考えてやっていかなくてならないのだけど、どうしてもね、最終的にはお金、お金ということにもなりがち。でも時々こうも思う。勤めを辞めてやりたかった農業はなにか。そうなんだ、家族農業がいいからなんだろっ、俺、ということなんだ。

まだまだパソコン通信が全盛で、自分が思う家族農業サイコー論を書いてたのはもう十数年前。それこそ、なかなか出ない結果に「やせ我慢」しつつ、儲かる農業で「高楊枝」を目指してた。たしかに収量はアップしたし、わずかながらそれなりにうちの農業は成長した。ずっと家族農業でがんばった結果だ。家族のがんばりの結果だ。でも、いつしか、そのことを忘れてたのだ。気持ちが薄れていたのだ。得るお金の額が重要になって、最初の大事なことを忘れつつあった。でも、今日、そんなことじゃいけないのだ、ということにTさんとのやりとりで気付いたのだ。いや、気付かされたのだ!

さて、SNSが全盛の今なんだけど、言いたいことはパソコン通信の時と同じ「家族農業は喜び」なのだ。あんまり格好つけないで、恥ずかしくも青い「青年」になるのだ! 良くいわれてたろ、俺。青いことはとてもいいと。羨ましいと。そしてチョイと大人な同僚から得た称号は「○○青年」。その同僚はかつての職場で偉くなったが、俺は同じままの農業「青年」ではないか。青くて何で悪い。これからは「家族農業の喜びプロジェクト(自称)」始動なのだ(笑)